2008年09月09日

「シズコさん」

◇「シズコさん」  佐野洋子

『100万回生きたねこ』の作者。
2008年5月の朝日新聞のインタビューで、こう答えていらっしゃい
ました。

<一度も好きじゃなかった。>
<私と母は解決できない関係みたいに思っていた。
 母がぼけて、私は救われたところがある。>


―「うすべったくなった手は骨に皮がひっついて、さすると皮が
  自由自在に移動するが、移動するというよりもしわが自在に
  どこへでもいく」

―「今母さんの手は、いったい何ができるのですか。
  さいふの中にせんべいを入れますね」

―「そして、こんなに小さい手になってしまった母さんを、
  私は捨てたのだ。私は母さんを捨てたから優しい気持ちにも
  時々なれるのだ。」

4歳のとき、手をつなごうとして邪険に払われ「二度とてをつながない」
と決意した。幼い頃、母に甘えた記憶は一切ないという。



私は、母の娘として一緒に暮らした時間よりも、離れて暮らした
時間の方が長くなってしまった。
兄が高校3年生、私が高校1年生、弟が中学2年生のときに父が
急に亡くなってから、専業主婦だった母は働いて私達兄弟を育て、
学校に行かせてくれた。
ちっちゃなお芋のような、がさがさの手で。
いつもニコニコしていたな。

私に母は越えられないと思う。
遠く離れて暮らしていても、ずっとずっと母の背中を見ていたような
気がする。

母親がぼけてしまって、骨に皮のくっついた手をさすりながら、
自分もがんに侵されて、やっとゆるしあえる母子もいる。
posted by ふうたんかあちゃん at 15:49| ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 本の宝箱 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ふうたんさん こんにちは。
 
すごく難しいお題ですね。

私の友達で、ぜったい母親の事は好きになれない って人いました。
親子だからなおさら許し会えない、拒否反応が強く、切れない感情にお互い苦しんでいる人がいる事は確かです。
母親だからーこうしてくれるはず、こうしてくれるべき!
子供だからー親の言う事は聞くべき、親もみるべき!

などなど・・・・親子ならではの感情がありますからね。

私にかぎっては、母と仲良しですよ。
母の事を、可愛いなんて思っています。
我儘で気が強く、プライドの高い母ですが、これがまた可愛いのです。
歳を重ね、そんな母も少しづつ弱くなってゆくのが淋しいです。
私の着なくなった少しハデ目のブラウスを調度良いなんて言って持って帰りました。
何時着るの?なんて思うんですが、これが母流の愛情なんです。

理解なんてしなくていい、だって生きた時代や価値感なんて違うもの。
いくら親子でも。
ただ、一人の人間として愛したいと思っています。
そして すっごく愛しています。

ふうたんさんのお母さんもきっとステキな人生を、自信を持って送ってこられたのでしょうね。
その作品の一つが、ふうたんさんですから。
Posted by ムクムク at 2008年09月10日 11:41
ムクムクさん、こんにちは。

ムクムクさんも、私も、母親のことが大好きで本当に良かった。
子どもの頃、当たり前で家族だった頃がいちばん幸せだったなーって思います。
年老いていく親を感じたとき、どうしようもなく
切なくなってしまいます。
母は、おおきくて健康でいつも笑っていると
思っていましたから、何年か前、大きな病気をした
とき、ものすごく動揺してしまった自分に、驚きました。
主人の両親は、80才をこえているのですが
(主人は4人兄弟の末っ子です)、いまだに子ども
扱いですから(笑)。毎年台湾に帰って、横浜に戻るとき
「荷物は、何個あるか数えたか?」
「貴重品は、ちゃんとあるか?」
「お土産は、足りるのか?」って、主人も苦笑いしながら子どもしていますよ。

私も、ムクムクさんみたいにただ、ただ、愛する
事が、私にできる愛なんですね。

Posted by ふうたん at 2008年09月11日 10:48
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
カテゴリ
プロフィール
一言:子どもは、高校1年生の息子、小学6年生の娘、小学3年生の次男の3人です。
長男が陸上をやっている影響か、娘は中学生になったら陸上部に入りたいそうです。
私は、去年から太極拳とお習字を始めました。本を読むのが大好きで、時間を見つけては図書館に本を借りに行っています。

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。